【写真】金子 佳正氏

会員企業名 金子石材滝戸 創業・設立 1988年1月
会員名 金子 佳正 業種 石材業
所属支部 富士宮支部 従業員数 パート1名
会暦 2014年2月入会 事業内容 お墓、石堀、建立

 

お父様の興した石材店に生まれ、「幼いころから石とにらめっこして育ちました」という金子石材滝戸の金子佳正氏を、富士宮市大鹿窪の同社工場に訪ねました。海外加工が主流となっている石材業界の中で、自社で加工機械を揃え原石からの加工、施工にこだわりを持つ金子氏。今回の富士山溶岩プレートも、そんな氏のものづくりへの思いが込められた逸品です。

富士宮市の上野地区から富士市の松野地区(旧富士川町)にかけては、良質な溶岩「松野石」が古くから産出されます。面白いもので、同じ富士山麓であっても地域によって採れる溶岩の特性は全く違うのだそうです。少し北へ、少し東へ行っただけでもそれは変わり、取り分け表面の美しさや高密度に恵まれる松野石の特性は、他では見られない独自のものになります。この石が産出される範囲のちょうど中心点に工場を構える金子氏は、地の利と自らの加工技術を活かし、また、「地域にある材料を無駄にしない」という強いこだわりからこの溶岩プレートを商品化しました。
試行錯誤を重ねてたどり着いたという製品の特長の1つは、遠赤外線効果。論より証拠ということで、我が家の夕食で試してみました。

サイズは卓上コンロに乗せてちょうどぴったり。着火してからすぐに熱が伝わり、食材を乗せてみると短時間で肉も野菜もふっくらと柔らかく焼きあがります。高いお肉が買えない我が家でも、普段よりずっと美味しくいただくことが出来ました!油の跳ねも非常に少なく、厚み、サイズ、形状の細かい部分をよく考えて作られていることが分かります。

ものづくり人としての矜持
前述したように、金子石材滝戸では自社が持つ加工技術を軸として、お客様の多様なニーズに幅広く柔軟に対応できることを強みとしています。予算を考慮しながら、お客様の思いを製品に対して最大限反映させるためには、海外加工よりも自社加工に比重を置くのは金子氏にとって当然の帰結でした。
「人任せにせず、自分の手で責任を持って作ったものをお届けしたい」
そう話す金子氏の表情からは、ものづくりをする人としての矜持を強く感じました。

今回の逸品であるこの富士山溶岩プレートにも、金子氏のそんな思いと技が随所に表現されています。日々の食卓の中で、地元の大自然からの恵みと製作者の思いを感じていただければと思います。

● ● ● ● ●

取材・記事:河村 徳之氏(かわむら呉服店・富士宮支部)


老舗建設会社の未来を担う三代目後継者

山岸建設㈱

山岸 浩幸氏(志太支部)

事業内容 建設業(土木一式・環境衛生機器販売・土木・道路・河川・水道・治山・鉄道・住宅造成・外構工事等)

設立     1959年5月

社員数    17名

入会     2010年7月

所在地   島田市志戸呂863-1

左から戸塚氏、山田氏、山岸氏、塚本氏


68年続く老舗建設会社

山岸建設㈱は、昭和23年に祖父が金谷町高熊建設の仕事を手掛け、創業しました。昭和34年に法人化、そして平成19年に移設しました。 土木工事を主とし、公共工事が主のメインで事業を執り行ってきましたが、民間の工事も受注できる体制へと変化を重ね、近年では少しずつシフトをしています。


次期社長としての成長を求め入会

山岸浩幸氏は現在32歳、三代目となる後継者です。また、志太支部の若手後継者の一人でもあります。「変化の激しい時代、今後も同じことをしていては建設業はダメになってしまう!一緒に勉強していこう!」と建設業の先輩から誘いを受け、同友会に入会しました。現社長ではなく、会社の将来を担う後継者の浩幸氏が入会したのは「同友会を通じて経営者としての資質を養い、時代の変化をとらえ先を見る目を持たせたい」という現社長の思いからでした。浩幸氏は「業務のために会活動になかなか参加出来ないこともあるが、会社を維持・発展させていく経営者としての学びの場に積極的に参加し、会員から吸収していきたい」と語ります。


今後の時代を生き抜くために

土木職人の高齢化による人員不足や公共工事の減少による競合の激化など、さまざまな問題が建設業には渦巻いています。激動の時代のなかで、仕事を獲得するという重要な仕事を現社長から引き継ぐこと。公共工事が減少していく中で、今後、民間工事を広く任せてもらえる魅力ある会社にしていくこと。後継の経営者として、現社長が支え育ててきた会社を維持発展させていけるよう自身を磨いていくこと。現社長のつくった経営理念を、山岸氏自身が受け継ぎ社内にも浸透させ、理念の理解・共有をはかること。同友会とのかかわりの中から、これらに関するヒントや気づきを見つけ、成長していきたい、と氏は語ります。切磋琢磨しあえる、やる気に満ち溢れた若手後継者との出会いに感謝しつつ、共に未来を見据えながら、互いに成長していきたいと思います。

 

取材・記事:山田 幹也氏(㈱立花ガーデン・志太支部)
             取材:戸塚 康之氏(㈲アスカエンジニア・志太支部)
                塚本 和成氏(㈲塚本商店・志太支部)


全ての人に感動を与える菓子職人をめざす

シェ・ワタナベ

渡邊 隆太郎氏(沼津支部)

事業内容 ケーキ、パン、焼菓子、パルフェ、食事・アレルギー用ケーキ、低カロリーケーキ

創業     1991年

社員数    正規6名

入会     2015年3月

所在地   沼津市日の出町1-15

URL    http://chezwatanabe.com

渡邊 隆太郎氏


ケーキ職人になるきっかけ

渡邊氏はアトピー性皮膚炎で、食べ物によっては炎症が起きてしまい、子供の頃とても辛い日々を過ごしていました。その辛さを見ていた両親。父は製菓職人、母は栄養士、周りには多くの食にたずさわる方がおり、一緒にアレルギー対応のお菓子開発を始めます。最初に完成したのは、石のように硬い硬いクッキーでした。甘いだけの美味しくない物でした。しかし、両親の愛情いっぱいのクッキーは一生忘れられない思い出深い食べ物でした。「お菓子が食べられる幸せな気持ち。ケーキ屋さんになろう、全ての人に美味しいと感動してもらえるものを造ろう」これこそ、渡邉氏がケーキ職人を目指したきっかけなのでした。


念願の店舗オープンに向けて

夢の実現に向けてとある洋菓子店で修行をします。1年目では、皿洗い、掃除、食材の下処理、どれも弱い肌には辛い仕事でした。また、繁盛店だったこの店は激務でした。しかし子供の時の両親への思い、アレルギーに苦しむ人たちへの思いが支えとなり奮起することができました。その後厨房内を任され多くの勉強や、貴重な体験をし、22歳でシェ・ワタナベ白金台店をオープンしました。著名人のオーダーケーキを手がけテレビ番組にも出演しました。24歳で学園通り店オープン。現在は沼津市内に2店舗、本店は今年で25年目を迎えます。


今後同友会とのかかわり

今後について質問したところ「各部門に分けて専門特化した店舗展開をしていきたい。この目標達成のためには、経営の勉強にも力を注がないといけない。人脈も増やさないといけない。アドバイスも頂きたい。現在様々な悩みがあります。今後の経営のために同友会の活動から多くの学びを得ていければと思います」と語りました。

 

取材・記事:片野 浩一氏(㈲弥生製作所・沼津支部)