【入選の喜び】
入選との事でびっくりしておりますが、自分が撮影した写真が表紙になる喜びを感じております。
さて、この写真は東名高速道路の下り線にある富士川サービスエリアで撮影したものです。 スターバックスがある先の富士山を眺望できる庭園風な場所に設置された石塔からです。 ふと、穴を覗いてみると富士山が正面に見えるのに感動し撮影しました。穴から見える富士山に「ここから望めば間違いなく富士が望める」何か道標のような、目標に向かってまっすぐ進む、そんな感じがしました。また、現在の景況を思い「このトンネル(産道)を抜ければ明日がある」「すぐそこに明るい未来がある」とも感じました。あと少し、 あと一歩を 大切にそして肝に銘じ楽観視することなく明日に向かって進んでいきたいと 改めて思います。
普段から 携帯電話のカメラをはじめ、コンパクトデジカメ、一眼レフを携帯し気になることがあれば撮影しています。富士山を中心とする景色やブログ掲載用のお料理などカメラを使い楽しんでいます。

池田達哉氏 ㈲アイネット静岡・富士宮支部

 

「私と富士山」をテーマに、会員の皆さんから写真を公募しました。表紙を飾った入選作の写真以外にも多くの応募があり、ステキな写真をいただいているので紹介しようと決定しました。以下、ぜひご覧ください。

【佳作】
昨年9月21日、初めて単独で南アルプスの塩見岳を目指しました。デジカメでいい写真を撮ろうと勇んでいきましたが、最初の一枚を撮ったところでカメラを落とし、レンズが出たまま動かなくなりました・・・収納にはレンズが邪魔なので無理やり手で押し込み、自ら完全に壊しました。2600メートルの三伏小屋に泊まり、翌朝に塩見岳を目指す予定でした。山小屋から山頂まで往復9時間のうえ、そこから3時間かけて下山、麓の長野県の大鹿村から清水まで最低でも4時間の運転、おろかな僕はそのときやっと無理な計画だったと気付きました。
あきらめて朝の5時から山小屋の周辺を散歩、烏帽子岳山頂に登りそのとき見た景色がこの写真です。残ったカメラはガラケーのカメラのみ。何とか日の出の凛とした空気と富士山を残したい、とドコモ携帯で撮りました。
撮影と文:望月宣典氏(清水クレジット㈱・静岡支部)

 

 


全県経営フォーラム終了後、講師を囲む会に参加。翌日に撮影した笠雲と富士山。パノラマ撮影した一枚です。
撮影:鈴木雅夫氏(㈱ハチマル・榛原支部)

 

 


たまたま富士市内某工場の外壁塗装工事があり、足場が組まれたので、そこから現場カメラで撮ったものです。風が強くて寒いし、揺れるし、怖いし、震えながらの撮影でした。正直言って、ロマンもエピソードもありません。この場所を選んだ理由は、めったに撮れない場所ですから。
写真の押しとして、富士山と第二東名(但し建設途中)。他にもいろいろ富士山写真はあったのですが、昨年パソコンが故障し、データがすべて飛んでしまいました。ということで、“逃げた魚は常に大きい”お話でした。
撮影と文:佐藤義幸氏(松本工業㈱・富士支部)

 

 


撮影場所は、沼津市浮島地区と富士市中里地区の境。田植え前の水田に映る逆さ富士です。小さく小さく新幹線も写っています。つらいこと、苦しいことが忘れられるような原風景的な一枚で大切にしています。
撮影と文:勝又あすか氏(㈱きずな・沼津支部)

 

 


三島に向かう時に、新幹線の車窓から撮ったのですが、橋桁のある鉄橋なのに、偶然ですが遮るモノが全く写っていないというレアモノです!
撮影と文:桜井俊秀氏(㈱富士フォーチュン・静岡支部)

 

 


私が富士登山を始めたきっかけは、まさに業績不振で悩んでいた頃、自分は何をすべきかと真剣に考えてその1つの答えとして始めました。富士山の地元で育ち、現在も地元で商売をさせて頂き、まかりなりにも「フジマーク」と言うブランドを販売する上で、その根本たる御神体と富士山がもたらす恵みと日本人の誇りである富士山に感謝しなければと
始めた事がきっかけです。その後、同友会に入会しました。残念ながら未だに業績は回復しておらず、まだまだ修行が足りない様です。この写真は頂上の風景で、奥が剣ヶ峰(3776m)です。
撮影と文:鈴木昭二郎氏(鈴木産業㈱・富士宮支部)

 

 


仕事からの帰り道、下り線の富士サービスエリア。公園になっている場所で、コーヒーを飲みホットしながら撮影した一枚。
撮影:松下勝義氏

 

 


とても好評だった、ドクターイエローと富士山。雲がかかって頂上が見えないのが残念ですが、空の青と新幹線の黄色の映りがよかった一枚。
撮影:池田達哉氏(㈲アイネット静岡・富士宮支部)

「リフォームからイベント業まで」
㈲土屋装飾
 土屋 順史氏(伊東支部)  
事業内容:内装、リフォーム、イベント・リース業
設  立:1947年(昭和22年3月)
社 員 数:6名
入  会:2013年8月
所 在 地:伊東市松原本町13-

よりよい生活環境の実現をお手伝い

土屋装飾は椅子張りの競技会で優勝した土屋順史氏の祖父が昭和22年に創業。椅子張りから始まった事業は、土屋氏の父が舞台に立ったこともあることから、舞台関係、カーテンからテントと広げていき、現在ではリフォームからテント、イベントまで地域の要望に応える企業となっています。
 単なるリフォームだけではなく、導線改善などにより、よい生活環境実現に向けての提案も行っています。また、24時間対応もうたっており、深夜の生活トラブルなどにも応えています。その実績からお客様とのつながりが深くなり、口コミなどにより以前は多かった下請けも現在では個人からの依頼が多数になっています。

強みを生かして独自性を追求

 土屋氏はイベントを学んだ後、営業職を2年経験し、新世紀創造祭をきっかけに15年前に入社、イベント部門を立ち上げました。伊豆の地域性として式典そのものが少ないそうですが、企画・設営・運営すべてを行う業者は伊豆唯一、県下でも数少ないとのことで遠方からの依頼もあるなど同社の強みとなっています。最近では簡略化されることもある中、建築などの式典には強いこだわりを見せ、きちんとした仕事でないと受けないこともあると語りました。イベントは土日が多く、リフォームは平日が多いことからうまく補いあっていると言います。

地域に根差して

 同友会にはイントロセミナーに出席し、全国とのネットワークに魅力を感じて今夏入会、直後に全県経営フォーラムや他支部との交流に参加するなど積極的に活動しています。取材の最後で、横のつながりの強さを発揮し、工務店とは違うリフォーム屋をめざしたいと抱負を語りました。お祭りや貢献活動にも参加、また生活密着の事業を通じて地域とのつながりを大切にしている土屋氏より、地域に根ざした会社の姿を学びました。

㈱勝又商事

専務取締役 勝又 洋明氏(御殿場支部)

事業内容:一般廃棄物中間処理業務(破砕・圧縮処理)

一般・産業廃棄物収集運搬処理業務委託

設  立:1973年(昭和48年)4月

社 員 数:25名

入  会:2008年2月

所 在 地:御殿場市中畑1796-8

U R L :http://www.katsumata-shoji.jp/

御殿場市・小山町の一般廃棄物収集運搬処理事業、および産業廃棄物、中間処理事業を行っている同社、市内在住であれば収集運搬車を見たことのない人はいないといえるほど、市民にとってなじみ深い会社です。普段もの静かな勝又氏の、お客様に対する、そして環境とリサイクルに対する熱い思いがありました。

お客様第一を考えた様々な取り組み

到着してまず目に止まるのは、「ISO14001認証取得」の看板です。お客様に対して信用を上げる為に取得したISOでしたが、維持していくために普段から社員が環境美化を意識する事で、社内の意識改革にも繋がったそうです。「ゴミ屋さんだからこそ、環境に配慮した徹底的な取り組みが必要なんです」

また、2013年4月に、BCP(事業継続計画)の認証も取得しています。「災害が起きた時には我々が真っ先に駆けつけなくてはなりません。これもお客様のための取組みです。」と語っていました。

 

徹底した理念と指針の浸透もお客様のため

もう一つの取組みが、「経営理念と経営指針の浸透」でした。勝又氏は「うちに運ばれてくる時はゴミでも、分類・処理・加工することで“製品”に生まれ変わります。しかし作業者の意識が低いと、製品価値が下がってしまい、リサイクルを妨げてしまいます。そのため、理念の浸透は時間をかけてでもやらなくてはいけない事です。」と語りました。毎日行われる朝礼で理念・指針を唱和するのはもちろん、社員は理念・指針を印刷した名刺大のポケット冊子を必ず持ち、常にお客様本位、環境美化、リサイクルの推進を全員で徹底しているとの事でした。

取材・記事:大川 隆久氏(フヱタ工業㈲・御殿場支部)

取材:勝間田賢一氏(㈱駿河調査設計・

12月18日(水)サンウェル沼津で沼津支部例会が行われ、40名が出席しました。大谷知津子氏(㈲FUN)が「お客様に感動のサービスが提供できるお店を創る!~経営者の想いをスタッフにいかに伝え、やりがいを持ってもらうのか~」をテーマに報告しました。

理容業を営む同氏は10年前に国家試験に合格。従業員としてではなく、経営者として働きたいと思い独立しました。現在6店舗を経営しています。大通りにも店を出店し、誇りを持って仕事をしていましたが、社員が個々で働いていることに気付きました。そこで店舗に調理器具を置き、皆で食事ができる環境をつくり、社員の一体化を図りました。

他社との差別化を図るために、カットやカラーなどが選べる券売機を使用してメニューをわかるようにしたり、お客様が順番を待っているときに好きな飲み物が飲めるようにサービスを充実させたりしました。社員にお客様をもてなす気持ちを常に持つように伝え、毎朝の朝礼でも挨拶のしかたなどを全員で確認します。今後も奉仕の気持ちを持ち、社会貢献していきたいと語りました。

「同友会と私」を語る望月氏

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「経営者自身が気付き、そして変えていく」と語る藤原博美代表理事(㈱日本ベルト工業・沼津支部)。静岡支部設営のもと、イントロセミナーを12月18日(水)同友会事務局で開催。会員8名・オブザーバー1名が参加しました。

「同友会とはどうゆう会か?」を髙橋幸夫氏(かちどき特許事務所・三島支部)が説明したのち、静岡市清水区で設備用機械の部品加工業を行う望月一夫氏(㈲袖師の望月鐵工・静岡支部)が「同友会と私」を発表しました。

昭和27年、農業機械の販売修理を主として父が開業。大卒後すぐに入社した望月氏は、専らモノづくりを業として過ごし、バブル期までは仕事量も安定していました。平成2年に現在の社名として設立し、代表取締役に就任しました。

リーマンショック前から少しずつ仕事量や単価が下がっていき、リーマン後は売上が大きくダウンしたこともありました。経営危機をどうやって打開すればいいのか、どこで経営の勉強をすればいいのか。そう考えていたとき、松永節也経営労働委員長(㈱フォー・ユー・静岡支部)から同友会経営指針を創る会を紹介されました。創る会を受講しながら、異業種の会員と約1年間本音で語り合うなかで、今まで見えていなかった自社の強みが見えてきました。そして創る会を卒業し、支部例会や委員会に出ていくことで、自分が変わるということを実感したと語りました。

グループ討論では、「自社の最優先課題は何ですか」をテーマに実施しました。まとめに藤原代表理事は自身の経験もふまえ、「製造業だからこそ、営業力が大切。そして自分を変えること。気付いて変えていきましょう」と伝えました。次回開催は、磐田支部設営で1月28日(火)19:00~ワークピア磐田を会場に開催します。西部・西遠地区の経営者の皆様のゲスト参加をお待ちしています。経営発展と同友会活動を結び付け考えていきます。

経営を継いだものの、売上げの減少している会社、先の見えない業界の中でひとり悩んでいた3年前。経営とは何かという事も分からない状態でした。そんな時に紹介された同友会の例会。バズを体験し「この会に入りたい」と思いました。同時に創る会の募集を読み「これを受けたい」と思いました。

まず毎回とても熱心に話を聞き、意見をくださる皆さんに驚きました。会員同士が年齢など一切関係なく、教え教えられる会は初めてだったのです。そして1泊研修。自分の事のように考えてくださるからこその厳しい言葉を受け、7期は研修2回とも涙、涙でした。

何とか卒業式を迎えた後、5月に社員の前で経営理念と行動指針を伝え壁に貼りました。毎朝の掃除、体操、朝礼を始めました。皆で理念と指針を唱和、当番が指針に関連した話をします。月2回の全員ミーティングは社員が司会。個人面接も始めました。

一昨年には、ずっと決断できずにいたお店の移転を決意。いざ本社と小売部門を繋げるとなると様々な問題がでてきました。社長は1人で考え決めるものと思っていた私は、抱え込み追われすぎて苦難の日々。1人の力の限界を感じ、ようやく鎧を脱いで素の自分でいられるようになったと思います。みんな助けてくれました。お店と問屋が一緒にミーティングをし、今まで1人で繋いでいたことを皆で共有するようになりました。私は私の役割の仕事をする時間が持て、担当営業の売上げも上がりました。いま、会社という船を動かすのは「人々」なのだと実感しています。

ただ変えなくてはとばかり考えていた私が、創る会で60年以上続いている問屋の価値を考えろ!と教えていただき、今があると思います。全ては、同友会に入り創る会に参加したところから始まりました。まだまだ課題は満載、会社も苦しい状態ですが、皆で頑張っていこうと思います。様々な「縁」に感謝を感じるこの頃です。

経営指針を創る会 7期卒業生

松下 恵美子(三協紙業㈱・静岡支部)

信頼に応える確かな製品づくり

サツマ電機㈱

専務取締役 梶川 久美子氏 (沼津支部)

事業内容:、産業用ブレーキ製造、販売

創業:1970年(昭和45年)2月

社員数:36名(パート3名)

入会:2013年6月

所在地:沼津市足高292-26

URL:http://www.satumadenki.co.jp/

右:梶川氏   左:取材 渡邉氏

会社創業のころ

サツマ電機㈱は祖父がクレーンに使用する電動機用制御ブレーキを製造する専門工場として設立。わずか5カ月後、祖父の急逝を受けて父である現社長の梶川弘一氏は、志を引き継ぎました。製鉄所や大型クレーン等に使用されるブレーキであるため、大手重機メーカーの厳しい品質基準、信頼性に応えるべく悪戦苦闘を重ねる日々でした。その中で技術力を高め、産業用ブレーキを開発・製造・販売する会社を作り上げました。最近では、港湾等で使用されるコンテナクレーン用の大型ディスクブレーキの開発を行い、将来性のある製品を作り始めています。近年では沼津港大型展望水門「びゅうお」にもサツマ電機のブレーキが採用されています。

 

東南アジアへの販路拡大

台湾とは、20数年前に社長が現地視察に行った際の営業活動により縁がつながり、大切な海外取引先として大きく成長しています。台湾のクレーンメーカーの認知度も高く、輸出台数も増加、世界のブレーキメーカーとしての雄飛への足掛かりとし、今後東南アジアへの販路拡大を考えています。また、技術のサツマ電機として、クレーン巻き上げ、走行や各種産業機械の停止用等に使用されるブレーキ装置に関する術用新案を多数保持しています。

技術の伝承と人材育成

日々の方針として「信頼に応える確かな製品作り」をモットーに、品質・技術の一層の向上を図っています。一方でサツマ電機の技術を若手社員に伝承することも課題であり、人材育成に力を入れていきたいと考えています。モノづくりが基本ですが、今後はお客様のニーズに合わせてサービスにも取り組みたいとのこと。仕事を通してお客様、関係会社、地域から喜ばれて愛される、なにより社員から愛され、働く喜びを共有するサツマ電機を目指す梶川久美子氏です。

取材・記事 渡邉 健氏(㈲ドリームズミュージックエンターテイメント・沼津支部)

高い技術のなんでも屋さん

㈲サンアイ工業

代表取締役 磯野 弘信氏

事業内容 金属製品の加工業全般

創業  1970年(昭和45年)11月

社員数 5名

入会  1986年3月

所在地 富士市大渕2468-5

URL    http://www.sun-i.jp/

㈲サンアイ工業は、「切る。」「曲げる。」「穴を空ける。」「溶接する。」「塗装する。」といった、金属加工に関する業務であれば何でもこなすマルチタイプの企業です。現在はホームセンターからの特殊な注文や、建物に関わる金属加工を主として受注しています。

左:磯野氏   右:取材 望月氏

いち早くインターネットを活用

代表であり創業者でもある磯野氏は、会歴も27年を数え、支部長の経験もある大ベテランですが、今なお現役として活躍され、その知識と行動力には目を見張るばかりです。インターネットという言葉がまだ普及する以前から、ニフティのフォーラムを利用して、溶接についての質問などを行っていたところ、ニフティから溶接教室を任されることになりました。そしてネットが発達し、教室を閉鎖することになった代わりに、自社の作業所を2ヶ月に1回開放して、自由に溶接を行う「ナミヘイ溶接塾」を開校しています。すでに12年、80回を超えるこの教室の塾生は大阪、埼玉、長野など、ニフティを通じて知り合った全国の方々です。

 

会の学びを自社でいかす

同友会との関わりの中で、週休2日制や就業規則の策定、社内報の作成など、社内環境の改善に取り組んできました。また「小さな会社だから、経営方針や経営戦略をたてることは正直難しいけど、経営理念はつくっているよ。」というお話も頂きました。10年前に三男が戻られ、事業継承も順調にすすみ、多くの作業を息子さんに一任しています。若い社員さんたちが、モノづくりの楽しさを感じながら作業している姿が印象的でした。

取材・文 望月光太郎氏(富士支部)

 

 

【表紙写真】㈲三浦水産 三浦大輔社長

会員企業名 ㈲三浦水産 設立 1985年
会員名 三浦大輔 業種 水産業
所属支部 伊東支部 社員数 7名
会暦 2013年7月 入会 事業内容 サザエ、アワビ、伊勢えび専門店

海水かけ流しの水槽がじまん、サザエ、アワビ、伊勢エビ

創業のきっかけ

三浦水産さんは、元々は家業として長崎県壱岐であわびやさざえの販売を行っ ていましたが、関東への販路拡大を目的に三浦静夫氏(現会長)が伊東営業所を開設したのが伊東における商売の始まりとなるそうです。昭和60年には独立し、有限会社三浦水産を伊東市新井に設立されました。伊豆の伊勢海老はもちろん、創業以来培ったネットワークにより全国より仕入れることが可能で、今では「あわび・さざえ・伊勢海老専門店」として築地市場でも三浦の名を知らないものはいない存在にまでなりました。

 

あらたな事業展開

三浦大輔社長は平成8年入社。加工場を整備し総菜製造業の営業許可を取得するなど、あらたに加工業に進出しました。三浦水産ならではの味を出せず伸び悩むなか、自社の売りを見つめ直し「あわび・さざえ・伊勢海老専門店」に回帰しました。
現在では伊東魚市場でせり権と入札権を所持していることをいかし、伊豆の定置網などで獲れた鮮魚を、宅配便を使って都内の料理店などに翌日配送するサービスも実施。三浦氏は、鮮魚はまだまだ素人と言いますが、着実に実績を上げています。

海水かけながしの水槽が自慢

三浦水産では獲れたての伊勢海老をすぐに販売することはありません。獲れたてで送ると、到着時には死んでしまうこともあるそうです。自慢の水槽で数日間活かし込む、これが自慢の食材を生きたまま状態良くお届けできる秘訣です。海から直接パイプで海水を汲み上げているため、海の中と同じ状態を維持しています。当地でも海水を直接汲み上げているところはほとんど無く、新たに汲み上げようとしてもなかなか許可が下りることはないので、三浦水産さんの大きな強みとなっています。

同友会と三浦氏  

今年6月に社長に就任したばかりの三浦氏ですが、勉強のために社長の方々の経営についての考えを聞きたいと思っていました。その時同級生でもある太平造船工業(株)杉山拓也氏が報告する例会に誘われたのをきっかけに入会。経営者が自分の言葉で自社の経営について報告する同友会の例会に気付きを得たとのことで、11月には東部青年経営者ネットワークの会合に参加するなど、長引く観光不況で元気を失い、明るい話題の少ない伊東温泉ですが、今回の取材で前向きで熱い青年経営者の話に感激するとともに、伊東温泉の未来を見たひとときになりました。「三浦に頼めば安心だ」そんなお客様の声を聞きたく、今後も努力していくと話してくれました。

伊東直送、三浦水産さんの海の幸、どうぞご賞味下さい!

12月11日(水)静岡大学連携講座「企業経済特論Ⅳ」第11回講義が行われました。

「選ばれる会社を目指して~思考の転換で人と会社を育てる~」をテーマに桑﨑雅人氏(㈲島村歯車製作所・沼津支部)が講師として登壇しました。同社は各種歯車の設計製作、歯車関連部品の製作を行っています。

社員と経営理念を共有し、やりがいを持って仕事をすることでお客様から信頼と満足を得ています。 社員は人財であり、常に社員の幸福を考えています。

また桑﨑氏はこれからの地域活性化のためには、3つの「者」が大切と言いました。地域を四六時中考えている「バカ者」、目標に向かって一緒に動き出す「ワカ者」、その地域の人は気付かない外からの視点を持っている「ヨソ者」です。次代を担っていく学生に向け、「地域の事をもっと考えてほしい」と呼びかけました。

最後に気持ちを前向きにするポイントを学生に伝え、「目線は高くポジティブ志向で、就職活動でぜひ中小企業も視野に入れて、人間重視の企業と出会ってください」と伝えました。